これは、緊張と勘違いと、涙と笑いの物語
面接が怖い、というより「人前で喋るのが怖い」
転職活動を始めたばかりの頃、私はとにかく「面接」が苦手だった。
その中でも、特に苦手だったのが「グループ面接」。
つまり、数人が一斉に呼ばれて、順番に回答していく、あのスタイルだ。
たとえば「自己紹介をお願いします」と言われたとき、
先に話す人がすごく上手だと、それだけで自信がぐらつく。
逆に、自分の番になった瞬間に何を話していたか全部飛ぶ。
焦ってアワアワしながら口を動かすけど、脳みそが指令を出してない感じ。
とにかく、毎回、頭の中がパニックになるのだった。
なぜか「グループ面接しかやらない会社」に応募してしまった
転職サイトで見つけたその会社は、社員の雰囲気がよさそうで、
事業内容も自分の経験と近かったので、「いいかも」と思った。
応募後すぐに書類通過の連絡がきて、面接日程の案内もスムーズだった。
だが、面接形式を確認していなかった私は、
会場に着いてから「本日、グループ面接となります」と言われてフリーズした。
しかも、案内された会議室には、すでに3人の受験者が並んで座っていた。
みんなスーツでビシッと決めてて、空気がぴしっとしていた。
私は少しだけ遅れて入室したこともあって、
「この時点で“印象悪い人枠”じゃない?」とネガティブスイッチが入る。
自己紹介から、早速つまずく
面接官は2人。片方が人事担当、もう片方は部署のリーダーらしき男性だった。
人事の女性がにこやかに、
「それでは順番に自己紹介からお願いできますか?」
と促した。
順番は左から順に。私は最後。
1人目:やたら明るく、ハキハキと話す20代男性。「わ〜うまいな〜」と思った。
2人目:落ち着いた話し方の女性。経歴がしっかりしてて、堂々としていた。
3人目:マジで上手い。面接官も思わず頷いてる。経験もあるし語彙も豊か。
そして4人目、つまり私。
「……えっと、イッチと申します。前職では、あの……事務を……」
自分の声がふるえてるのが分かる。目線も定まらない。
後ろに座っていた面接官が一瞬、手元の資料に目を落とした。
(あ、これ、興味ないってやつだ)
勝手にそう思い込み、さらに焦る。
呼吸が浅くなって、何を話したか自分でも覚えていない。
そして、終わった。終わった感がすごかった
その後もいくつかの質問があったけど、
他の3人はそれぞれ「自分の意見」を言っているのに、
私はなんとなく「テンプレ回答」ばかり。
もう、面接中に「あ、これは落ちたな」って確信していた。
あとは早く帰って、布団に顔をうずめて自分を慰めたい気持ちでいっぱいだった。
面接の最後に、面接官が立ち上がってこう言った。
「それでは、本日のグループ面接は以上となります。お疲れ様でした」
……以上? え? 以上??
私は「その場で“今回はご縁がなかった”って言われる」パターンがあると、
どこかで読んだ記憶があり、それを思い出した。
(あ、これ、私だけじゃなくて“全員落ちた”ってやつだ)
その瞬間、何かがブチッと切れた。
号泣スイッチ、オン。
会議室を出て、控室のロビーに戻ったとき、
堪えていたものが一気にあふれ出た。
ポロポロ、ポロポロ、涙が止まらない。
鼻水も出る。あわててポケットからティッシュを取り出す。
ハンカチ忘れてる。最悪。ほんと最悪。
誰かに見られてるとか関係なく、とにかく泣けて仕方がなかった。
そこへ、他の受験者たちも出てきた。
3人のうち1人が声をかけてくれた。
「……大丈夫ですか?」
「すみません……なんか、悔しくて……」
そう答えたけど、ほんとは悔しさよりも、
“自分がダメだった”という悲しみが押し寄せていた。
そして、面接官がやってきた
そこに、さっきの人事の女性が現れた。
私は「あ、やばい……変な人扱いされる」と覚悟した。
だが、その人は意外にも笑顔で、こう言った。
「イッチさん……あの、結果はまだ出ていませんよ。大丈夫です」
「え……?」
「さっきの“以上です”って、“面接終了”の意味だったので、誤解させてしまってごめんなさいね」
「えっ……じゃあ、まだ……?」
「はい。全員、ここから選考を進めます。泣かせてしまって、すみません……!」
私は涙をぬぐいながら、何がどうなってるのか、頭が追いつかなかった。
「号泣しちゃった人」として、社内に覚えられる
翌日、電話が鳴った
面接翌日。会社帰りにコンビニでチョコとアイスを買って、
「これくらい甘やかしてもいいよね…」と自分を慰めていたところに、スマホが鳴った。
見知らぬ番号。たぶん、例の会社だ。
出るか迷ったけど、勢いで通話ボタンを押す。
「イッチさんですか? 昨日は面接ありがとうございました。人事の森田です」
あ。やっぱりあの会社だ。
私はちょっと声を震わせながら「はい」と返事をした。
「お伝えしたいことがあって、お電話しました」
(やっぱり、“やっぱり不採用です”って訂正かも)
そう思って心を固めたその瞬間、森田さんの口から出てきた言葉は意外すぎた。
「全員、一次通過となりました!」
「……えっ?」
「正直、グループ面接って1人か2人を選ぶことが多いんですが、今回は皆さんとても良かったので、全員に次のステップをご案内することにしました」
「えええ……あ……ありがとうございます……!」
すごく嬉しいのに、なぜかうまくリアクションができなかった。
「あと、イッチさん、昨日はびっくりさせてしまってすみませんでしたね」
「いえ、こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした……」
「でもね、実はうちの役員が『泣くほど真剣だったのは印象に残った』って言ってましたよ」
うわー。やっぱり見られてた。
よりによって、役員にまで目撃されていたのか。
「とりあえず、次回は個別面接ですので、安心してお越しくださいね」
「……はい、よろしくお願いいたします!」
通話が終わったあと、私はベッドに突っ伏して、
笑いながらちょっとだけ泣いた。
あの日のことは、会社でもちょっとした話題になっていたらしい
後日談として聞いた話によれば、
あのグループ面接後、面接官たちのあいだでこんな会話が交わされていたらしい。
「最後の子、泣いてたけど……大丈夫だった?」
「ええ、思い詰めてたみたいですね。帰り際に話したら、少し笑ってくれました」
「なんか、“印象には残る”タイプよね」
「そうそう。記憶に焼き付いたって感じ」
実はその“記憶に焼き付いた”が、いい方向に働いたらしくて、
後の選考を進めていくうちに、別部署の人も「あの子、覚えてるよ」なんて話題になるくらいだったという。
個別面接でも、なぜか「泣いた子」扱いで歓迎された
数日後の個別面接。会場に入ってすぐ、私は驚いた。
担当してくれた課長らしき方が、名刺を渡しながら一言、
「君が、あの時の“泣いた子”か~!」
うわー! やっぱり社内で浸透してるー!
私が赤面して固まっていると、課長は笑いながらこう続けた。
「いやいや、いい意味で、ね。あれだけ真剣な人なら、きっと大丈夫だって、みんな言ってたから」
なんだろうこの歓迎ムード。
完全に“泣いて場を乱した問題児”として扱われるかと思ってたのに、
逆に“本気で頑張ってる人”という好印象に転換されていた。
人生、何がどう働くかわからない。
そして、あのグループ全員が、採用された
驚いたことに、あのとき一緒にグループ面接を受けた3人も、
後日全員が採用されたという。
さらに驚いたのは、うち2人が、私と同じ部署配属だったこと。
初出社の日に、エレベーター前でそのうちの1人(あの落ち着いた女性)が声をかけてくれた。
「もしかして……イッチさん? あの時、泣いてた……」
「や、やめてぇぇぇえ!!」
「ごめんごめん、でも……一生忘れられない日だったね」
今ではその人と、めちゃくちゃ仲が良い。
昼休みにラーメン食べに行くくらいの“戦友”になっている。
「泣いてまで受けた会社で、笑って働けるなんて思わなかった」
最初は気まずかった、でも…
入社から数週間。仕事にも少しずつ慣れてきた頃、
ふと気づいたことがある。
それは、同じ部署の先輩たちが、
何気ない会話のなかで私にやたらと優しいということだった。
もちろん、みんなに対して丁寧ではあるのだけど、
なんとなく私への当たりが“やさしすぎる”というか……守られてる感があった。
ある日、先輩の山中さん(30代・男性)とお昼を食べていたとき、
思い切って聞いてみた。
「山中さん、私……もしかして、なんか特別扱いされてたりします?」
すると、山中さんはお茶を吹きそうになりながら笑った。
「いや、だってさ……面接で泣いた子なんて、うち史上初だよ?」
「やっぱりそれですかぁーーー!!」
「でもさ、あれ見て、うちの人事みんな“いい子だ”って話してたよ。会社に入りたいって気持ちが伝わったって」
笑いながらも、なんだか嬉しかった。
「泣いてしまった自分」が、ただの恥じゃなくて、
ちゃんと誰かに伝わってたことが、報われた気がした。
“間違えて泣いた人”が、“笑って頼られる人”になった
半年が経ったころ、私は新人ながらもいくつかのプロジェクトに関わりはじめた。
といっても最初は、会議の議事録をとるとか、プレゼン資料の準備とか、
“サポート役”がメインだったけど。
それでも、上司の田村さんからこんな言葉をもらえた。
「イッチさんはさ、空気が和らぐんだよね。あの涙のパワー、侮れないよ」
涙のパワーって、なにそれ(笑)。
でも、そういう言葉が、自分の“存在価値”として心に染みた。
一緒に泣いた(?)仲間と、いまでは爆笑できる
例のグループ面接を一緒に受けた佐野さん(例の落ち着いた女性)と、
もう一人の陽キャ男子・川村くんとも、社内でよく話すようになった。
3人が顔を合わせるたび、話題になるのはやっぱりあの日のこと。
「いや~あれは伝説だよ、伝説」
「イッチちゃんの涙がなかったら、あんなに空気和まなかったって」
「ていうかさ、最初“全員落ちた”と思ってたの、イッチちゃんだけだったんだよ?」
「えっ!? うそ、みんな気づいてたの?」
「うん。ふつうに“面接終了”って意味だよ、あれ」
「なんで誰も教えてくれなかったのー!」
「いや、泣きだしたから、逆に声かけにくかったって(笑)」
……いまではもう、あの勘違いすら笑い話になった。
面接って、怖いけど、ドラマがある
私はいまだに面接が好きじゃない。緊張するし、変な汗かくし。
でも、たった一度の“勘違いの涙”が、
「この会社で働いてみたい」と思った自分の気持ちを証明してくれたと思う。
落ちたと思って泣いたあの日の私に、
今の私が声をかけるとしたら、こう言うだろう。
「よく泣いた。あの涙、無駄じゃなかったよ」
あの涙があったから、今の私がいる」
“失敗”の瞬間に見えてくる、本当の自分
入社から1年が経った頃、私は新しく入ってきた後輩の面倒を見る立場になった。
自分が「新入社員だった日」のことを思い出すたび、
どうしても頭に浮かぶのは、あのグループ面接の記憶だ。
号泣して、顔をぐしゃぐしゃにして、
「終わった…」と絶望してた自分。
それなのに、今は誰かの相談に乗ったり、
会議で自分の意見を出せるようになっている。
あのとき泣いたのは、“弱さ”じゃなかった。
むしろ、あの瞬間の涙があったから、
私は「どうしてこの会社に入りたかったのか」を忘れずにここまで来られたのかもしれない。
面接で泣いた自分を、「好き」と思える日が来るなんて
ある日、職場のランチで後輩がこんな話をしてきた。
「実は昨日の面接、失敗しちゃったかもって落ち込んでて……。イッチさんも、そんなことあったりしましたか?」
私は笑いながら「あるよ」と答えた。
「私なんか、面接終わった直後に泣いちゃったからね」
「えっ!? 泣いたんですか?」
「うん。完全に“落ちた”って勘違いして号泣(笑)」
「……それ、今だから笑えますけど、当時はつらかったですよね?」
「うん。めっちゃ恥ずかしかった。でもね、そのとき初めて“本気で入りたいって思ってたんだな”って、自分で気づけたんだよね」
そう言いながら思った。
昔の私が、いまの私を見たら、ちょっとびっくりするかも。
でも、きっとこう言ってくれる気がする。
「泣いたままで終わらなくてよかったね」って。
「あの子、泣いてたけどいい子だったよね」から始まるご縁もある
この話にはちょっとしたオマケがある。
あるとき、別部署のリーダーがプロジェクトの相談で私を指名してくれたのだけど、
後で理由を聞いたら、こんなことを言っていた。
「いや、イッチさんって、面接のとき泣いてた子でしょ? あの時の印象がずっと残ってたんだよ。正直、そこまで想いの強い人、なかなかいないからさ」
面接って、“評価される場”だと思ってたけど、
“人柄を覚えてもらう場”でもあるんだなと思った。
もちろん、全力で泣くのはおすすめしないけど(笑)、
「本気」って、意外と伝わるものなんだなと実感した。
あの瞬間の涙は、これからも私を支えてくれる
今の私は、あの日の“号泣エピソード”を恥ずかしいとは思っていない。
むしろ、初対面の人とのアイスブレイクで話すくらい、
“私らしい原点”になっている。
転職活動って、いろんな壁があるし、
たくさんの「自分のダメなところ」と向き合わなきゃいけない。
でも、あの涙があったから、私は今、
この会社で、ちゃんと笑って働けている。
「泣いたことも、笑い話になる日がくる」
転職活動って、始める前は“ただのステップ”だと思っていた。
自分に合った会社を探して、書類を出して、面接を受けて、内定をもらって終わり。
そういう“手続き”のようなものだと思っていた。
でも実際には、もっと人間くさくて、感情まみれで、予想外の連続だった。
「落ちた」と思い込んだあの瞬間が、私を変えた
あのグループ面接。
「以上です」と言われた瞬間に、“落ちた”と勝手に思い込み、涙が止まらなくなった私。
思い出せば思い出すほど、笑えてくるけれど、
あのときの私は本気だった。だから、泣いた。
結果として、あの涙は“本気の証拠”になって、
面接官の記憶に残り、社内で語られ、
仲間との絆のきっかけになり、今の自分につながっている。
「失敗した」と感じた瞬間が、
実は“自分を表現できた瞬間”だったのかもしれない。
誰もが「泣きたくなる面接」を経験してるかもしれない
いま、面接がうまくいかなくて落ち込んでる人に言いたい。
泣いても、間違えても、うまく喋れなくても、
それだけで「ダメな人」にはならない。
むしろ、「ダメな日」があるからこそ、
後になって“自分の物語”になる。
私にとってのそれは、「号泣面接エピソード」だったけど、
どんな形であれ、“自分が本気だった証拠”は、
きっと誰のなかにもある。
面接って、ジャッジされる場所だけじゃない
私は思う。
面接って、会社が「この人と働いてみたい」と思う場でもあるけど、
同時に、「自分がどうありたいか」を見つめ直す場でもある。
一人ひとりの言葉に、人柄がにじむ。
表情、間の取り方、声の震えさえも、その人らしさになる。
だから、たとえ途中で泣いてしまっても。
たとえ最後までうまく話せなくても。
そのすべてが、誰かの記憶に残ることがある。
それが未来に繋がることも、ある。
あのとき泣いた私へ。あなたの涙は、ちゃんと意味があったよ
「泣いたことがあるからこそ、人の気持ちに気づける自分になれた」
今の私は、そう思っている。
緊張してもいい。うまくやろうとしなくてもいい。
大事なのは、“ちゃんと向き合っていること”なんだと。
だから、これからもきっと私は、
面接でも、仕事でも、人間関係でも、
ちょっと不器用に、ちょっと感情的に、でも一生懸命に向き合っていくだろう。
それが、私だから。
そして今、イッチちゃんは――
“泣いた日”から始まった新しい日々を、笑いながら歩いている。
どんなスタートでも、笑える未来はちゃんと待っている。
あの涙さえ、今は宝物のように思えるから。