カーシェア、便利だけど“臭い”は想定外だった
「うわ……なんかくさい」
助手席の友人・カナが、ドアを開けた瞬間に言ったその一言で、私たちのちょっとした週末ドライブは、開始0秒で不穏な空気に包まれた。
私も後部座席に荷物を積み込もうとしたその時だった。
鼻にツンとくる刺激臭。
「え、これ、タバコ……?」
信じたくなかったけど、間違いない。車内には、あの独特な“吸い終わった直後”のようなタバコの匂いが充満していた。
いつもは快適なカーシェアだったのに
私たちがよく使うこのカーシェアの車は、駅近くのコインパーキングに設置された人気の一台。
これまでも何度か使っていて、ちょっとした遠出や買い物にはちょうどよかった。
けれど今日は、違った。
シートに座る前から漂ってくる重たいヤニの残り香。
目にしみるような感じがして、頭の奥がズーンと重くなる。
運転席に座った私は、すぐに全窓を開けた。
だけど、あの手の“染み込んだ匂い”って、そう簡単に抜けない。
「ちょっと体調悪いかも…」誰も笑ってなかった
窓全開で出発したものの、車が動き始めてから10分と経たずに、
後部座席のミホがぽつりと言った。
「…ちょっと、気持ち悪いかも」
普段から香水や匂いに敏感なミホが、額に手を当てて青ざめた表情をしていた。
実は私も、すでにちょっと頭が痛くなっていた。
そして運転中の私の隣で、カナも無言のまま、エアコンの風向きをひたすらいじっている。
空気清浄機もファブリーズも積んでいない。
手元にあったのは、ハンカチとコンビニで買ったガムくらい。
あとはもう、**「我慢するしかない」**という絶望。
「次で一旦休憩しよう」…この時点でまだ15分しか経っていない
目的地までの道のりは1時間弱のはずだった。
でも、車内の雰囲気はもう“耐久レース”のような様相。
「次の道の駅で、一回降りよう」
そう提案したのは私だったけれど、全員が無言でうなずいていた。
いつもなら、好きな音楽をかけておしゃべりしながら進むドライブ。
だけどこの日は、タバコ臭との戦いが始まっただけだった。
じわじわと“匂い”が体に効いてくる
エアコンを外気にしても、窓を開けても、染み付いた臭いは取れなかった。
時間が経つにつれて、ただ「くさい」だけじゃなくなってきた。
車内の空気そのものが重たく感じられて、喉がイガイガし始める。
「これって…副流煙と同じじゃない…?」
運転しながら思わず独りごちた。
においは五感すべてに刺さる
運転に集中しようと思っても、鼻の奥にずっとこびりついてる感じがして、気になって仕方ない。
たとえるなら、ずっと消えない刺激臭付きのマスクを顔に貼りつけてるみたいな感覚。
後部座席のミホは、無言で窓の外に顔を向けていたけれど、さっきからずっと深呼吸を繰り返している。
助手席のカナは、スマホで「タバコ 匂い 車 対処法」と検索しているようだった。
でも、出てくるのはファブリーズだの消臭ビーズだの。今この瞬間には何の役にも立たない情報ばかり。
怒りと体調不良が同時に襲ってくる
「あの前の利用者…吸ったならせめて窓くらい開けといてよ…」
誰かが漏らしたその一言に、全員が「それな」という顔でうなずく。
そう、たしかに車内禁煙とは書いてない。けど、シェアの車で“置き土産”をしていく神経がわからない。
ミホは顔色がだいぶ悪くなってきて、カナも「ちょっと頭痛してきたかも」とハンドバッグから頭痛薬を取り出した。
私も、喉の奥がヒリヒリするような違和感がずっと残っていて、ハンカチに水を含ませて鼻元に当てながらハンドルを握っていた。
こんなことで、予定が全部台無しになるなんて
今日は3人で久々にカフェ巡りしようって話してたのに、もう誰一人そんな雰囲気じゃなかった。
あとでSNSに載せようと楽しみにしていたコースも、今は「早く車から降りたい」の一心。
でも…目的地までまだ40分ある。
次のPA(パーキングエリア)で一度休憩しよう。
少しでも空気を入れ替えて、落ち着いてからまた進もう。
そう思いながらアクセルを踏む足に、少しだけ力が入った。
車内の片隅で見つかった“決定的証拠”
やっとのことで、パーキングエリアにたどり着いた。
車を降りた瞬間、3人そろって**「はぁ〜〜っ……」**と深いため息をついたのが、ちょっとおかしかった。
それくらい、車内の空気は私たちの身体にじわじわとダメージを与えていた。
「あー、マジでしんどかったね」
ミホが目をこすりながらトイレへ向かい、カナは自販機でスポーツドリンクを買いに行った。
私はといえば、運転席のドアを開けたまま、荷物を整理しながらシートの隙間をちょっとだけ確認していた。
何かこう…匂いの元みたいなゴミが残ってたりしないかと思って。
すると――
助手席のドアポケットの奥に、小さな銀色の棒が挟まっていた。
カナの声が固まった
戻ってきたカナにそれを見せると、彼女は一瞬で表情を曇らせた。
「……これ、アイコスだね」
私は名前しか知らなかったけど、それが電子タバコの本体だということは、すぐに理解できた。
金属製で、手のひらに収まるサイズ。
まだ温もりがあるような気がして、一瞬手を引っ込めたほど。
全員が黙り込み、同時にイラっとした
この車がタバコ臭かった理由が、物理的に証明されてしまった。
しかも「吸った形跡」どころじゃない。
電子タバコを置き忘れていくレベルの使い方をされたんだと思うと、
もはや怒りを超えて、呆れるしかなかった。
「ていうか、これ…誰の?前の人の…よね?」
「まさか…そうだよね?え、なんで忘れるの?ありえなくない?」
車内は禁煙とまでは書かれてなかったにせよ、
次に誰かが使うってわかってるものにこんな匂いを残す?
しかもその“証拠”まで放置していくって、どういう神経?
「これはもう、カスタマーに連絡しよう」
カナが冷静に言った。
そして私も即座に同意した。
「うん。さすがにこれは無視できないやつ」
スマホを取り出し、カーシェアのアプリから「問い合わせ」へと進む。
車の状態報告の欄にチェックを入れて、「車内に電子タバコの忘れ物があった」「匂いが強く、体調に影響が出た」と入力した。
“モヤる気持ち”を少しでも整理するように、文章を打ち込んでいった。
しかし、このとき私たちはまだ知らなかった。
この「通報」が、どこにも届かないような“片道切符”だったことを。
体調は戻らず、楽しいはずの予定が台無しに
パーキングエリアで15分ほど外の空気を吸い、少し落ち着いたように感じたけれど、
車に戻って再び走り出すと、またすぐにあのタバコ臭がじわじわと鼻を突いてきた。
「……やっぱりダメだわ、これ」
助手席のカナが、窓を少し開けながらそうつぶやいた。
ミホも後部座席で、首に濡らしたタオルを巻き、目を閉じてうつむいていた。
「何が悲しくて、体調を崩しながら走らなきゃいけないのか」
道の駅で食べる予定だったご当地グルメも、
SNSに載せるはずだったカフェも、
もうどうでもよくなっていた。
むしろ、この状態で食事をとっても気持ち悪くなりそうで、何かを楽しむ気力なんて残っていなかった。
誰も悪くない。
でも、「誰かが吸ったタバコのせい」で、ここまでダメージを食らうのかと思うと、
悔しいやら虚しいやら、いろんな感情がぐるぐる渦巻いていた。
カーシェアって、こんなリスクあるんだ
これまで何度も使ってきたカーシェア。
清掃もされているはずだし、車種もキレイだった。
でも、“匂い”だけは防げない。
それがこんなにも致命的なストレスになるなんて、完全に想定外だった。
シェアって、便利だけど、「使い方の差」がダイレクトに伝わるツールだ。
たったひとりのマナー違反で、次の利用者がこんな目に遭うなんて。
もう、帰ろうか
ミホの一言に、全員がうなずいた。
カフェ巡りは中止。
このまま家に戻ることにした。
「ちょっと残念だったね」と誰かが言ったけど、
それ以上の言葉は出てこなかった。
静かな帰り道、窓は全開のまま。
風の音だけが、車内に流れていた。
通報は“届いたふり”で終わった
帰宅後、私は改めてスマホを開いて、
カーシェアアプリの「お問い合わせ履歴」を確認した。
けれど、そこにあったのは――
“報告を受け付けました”という定型文だけ。
返信欄は存在しない。つまり「聞くだけ」
「この件について、何かしらの対応はあるのかな」
そんな期待は、すぐに打ち砕かれた。
アプリのサポートメニューはすべて**「フォーム送信型」**になっていて、
一方的に状況を入力することはできるけど、
返信やフォローアップがある形ではなかった。
「え、これで終わり?」
「いやいや、電子タバコまで残されてたのに…」
「何のアクションもないの?」
誰にも届いていない気がした
せめて一言でも「確認しました」とか、
「ご迷惑をおかけしました」とか、
そういう返信があれば違ったと思う。
でもこのままだと、通報した内容が、どこかのデータベースに吸い込まれて終わり。
それがとても虚しかった。
こっちは体調不良まで引き起こされて、予定も全部台無しになって、
電子タバコの忘れ物まで報告してるのに、
相手からは「何も言わない」という無音の返答。
「あー、これが“システム対応”ってやつか」
おそらく、誰かが目を通してはいるのだろう。
でもそれは「内部管理」や「スコア付け」のためであって、
私たちに対して直接返事をくれるものではない。
それがこのカーシェア会社のスタンスなんだと理解するしかなかった。
こうして“事件”はなかったことにされていく
電子タバコの忘れ物も、きっと次の清掃のタイミングで処分される。
タバコ臭も、いずれ消えていくか、別の匂いで上書きされるか。
私たちが体験したこの最悪のドライブも、
会社の記録には「報告済み」という文字だけ残って終わるのだろう。
「誰にも届かない通報」
そんな言葉が、妙にしっくりきた。
それでも、カーシェアをやめたいとは思わなかった
今回の出来事は、正直つらかった。
予定は崩れ、体調は悪くなり、通報は宙に浮いたまま。
「なんでこんな目に…」と何度も思った。
けど、それでも私は、カーシェアをやめようとは思わなかった。
理不尽なことはある。でも、それだけじゃない
確かに、“誰かの使い方”によって被害を受けるリスクがある。
だけど、これまで何度も便利に助けられてきたのも事実だった。
駅前で手軽に使えること。
維持費も駐車場代もかからずに車が持てること。
それらの恩恵は、こうしてトラブルがあってもやっぱり大きい。
だからこそ、**「自分が使うときは、次の人のことを考えよう」**と強く思った。
タバコを吸うのが悪いんじゃない。配慮の欠如が問題
喫煙そのものを否定したいわけじゃない。
けれど、「シェア」には、思いやりが必要だと思う。
自分ひとりの空間じゃないなら、残るものには気をつけるべきだし、
ましてや「匂い」という見えない影響には、もっと敏感であってほしい。
私たちが体調を崩したのも、
ただの“におい”の話ではなかった。
そこにあるのは、「他人を気遣う」という当たり前の感覚だった。
今後のカーシェアに、ひとつ備えを加えようと思う
今回のことで学んだことは多かった。
- 乗った瞬間、まず窓を開けて深呼吸
- もしにおいが気になるなら、すぐに報告する
- 消臭スプレーやマスクなど、ちょっとした備えを常に持っておく
それだけで少しは、自分の身を守れる。
便利なものは、ちゃんと使えば強い味方。
だけど、油断してるとダメージも受けやすい。
それが「カーシェア」という仕組みなんだと、今回で身をもって知った。
あの一日が“無駄”にならないように
もう同じ目には遭いたくない。
けど、もし誰かがこの記事を読んで、
「次に乗る人のことをちょっとだけ思い出してくれたら」
それだけで、あの1時間も少しは意味があったと思える。
非喫煙者の私たちが、ただ「耐えただけ」で終わらせたくない。
これからもカーシェアを使うからこそ、
ちょっとしたマナーが、誰かの“今日”を左右することもある。
「次の人のために」
たった一言だけど、それを考えられるかどうかが、
この仕組みを快適に続けられるかどうかの分かれ目なんだと感じた。
おもいやりなのかな?
だから私は、次に乗るとき、
いつもよりちょっとだけ丁寧にドアを閉めようと思う。