伝票に残された“謎の落書き”が、大騒動の火種になった話

目次

“←要注意”から始まる、静かなパニックの序章


「あれ……なにこれ?」

ランチタイムが終わった午後2時。
ようやく一息つけるタイミングで、おれはレジ横の伝票ホルダーから1枚の伝票を取り出した。
忙しい時間帯だったから、溜まっていた分を今まとめて確認しようとした、そのとき。

伝票の右下――余白部分に、誰かの手書きでこう書かれていた。

「←要注意!」

赤ペンでくっきりと。文字は走り書きだが、勢いと強調がすごい。

「え、なにこれ……どゆこと?」

おれは思わず口に出してつぶやいた。

そこへ、あかねさんがすかさず現れる。

「なに?どうしたの?なになに?」
彼女は“面白そうセンサー”が異常に発達している。
レジで誰かが「えっ?」って言うと、秒速で現れるスキル持ちだ。

「ほら、この伝票。なんか“←要注意”って書いてあるんですけど……」

「えっ、誰が書いたの?それって、どのお客さんの?」

「いや、まだ確認してないけど……今日の伝票だし、ランチの誰かでしょ」

「それさ、“クレーム常連”とかじゃないの!?え、え、こわっ!」

あかねさんのテンションが、少しずつ爆上がりしはじめる。


伝票に残された謎の書き込み――犯人は誰?対象は誰?

「ていうかさ、この伝票……レジでお会計したの、イッチくんじゃない?」

かなちゃんがレジ奥から顔を出す。すごいタイミングで飛び込んでくるな。

「そうだけど、俺はこの伝票にメモ書きなんてしてないってば」

「ってことは……」

かなちゃんが腕を組み、あかねさんと見つめ合う。

「第三者が“イッチの接客”に対して、警戒するようにって書いたのかも!?」

「それだ!!」
あかねさんがなぜか感動したように叫ぶ。

「いや、なんで“それだ”なの。俺、何もしてないけど?」

「この伝票、どのお客さんのか見てみようよ」

店の伝票は基本的にテーブル番号と注文内容が書かれている。
この伝票は【D-3】、つまり窓際のテーブル席。
ランチタイム終盤に入店した、30代くらいのスーツ姿の女性客だ。
サラダランチと紅茶のセットを頼んでいた。

「その人、イッチが対応してた?」

「うん。普通にオーダー取って、提供して、会計して……以上」

「じゃあ……その“普通”の中に、何か地雷を踏んだ可能性は?」

「やめろよ、ホラー映画みたいに言うの」


なぜか“店内捜査会議”が始まる午後3時

「この伝票にメモを書いたのは誰か」
「誰に向けた警告だったのか」
「内容が“要注意”って、どういう意味か」

あかねさんが「これは“事件”だよ」と言い出し、気づけばスタッフルームで“伝票ミステリー捜査会議”が始まっていた。

そこに、新人のさやかちゃんも参加。

「私、このお客さんが座ってた席、下げに行きましたけど……普通に帰られましたよ?」

「それだと、ますます謎だね……」

あかねさんがメモをじっと見つめながらつぶやく。

「っていうか、この文字さ、あの人に似てない?」

「え、誰ですか?」

「……店長」

「えーーー!!!」

即座に全員の顔が引きつった。

「まさかとは思うけど……店長がこの伝票に“要注意”って書いたなら、それって“スタッフの誰かに向けた警告”ってことになるよね?」

「え、俺!?俺に!?」

「それか……さやかちゃん……?」

「ひぃ……!?」

新人ちゃんは半泣きで厨房に逃げ込んだ。


店長が戻るまで、妄想だけが暴走する

店長は今日、業者との打ち合わせで一時的に店を離れていた。
戻ってくるのは16時過ぎ。
それまで、この伝票の謎は「シュレディンガーの爆弾」として存在し続ける。

そのあいだ、あかねさんは想像をさらに膨らませる。

「もしかして、イッチくん……“接客にキレがない”って思われてるんじゃない?」

「うっ……」

「最近ちょっと疲れてる感じしてたもんね。顔が死んでた」

「いや、それは夜更かしのせいで……」

「“お冷の出し忘れ3回”事件のときから、ちょっと心配されてたかもよ?」

「それ去年の冬の話じゃん!!」


こうして、どんどん誤解と妄想が積み重なり、おれの“評価下落説”が濃厚になっていった。


謎の伝票を、店長に見せるか否か

15時45分。店長が戻る10分前。

あかねさんが突然、真顔で言い出した。

「ねぇ……この伝票、見せるのやめようか」

「えっ、なんで」

「“何もなかった伝票”として処理すれば、平穏は保たれる……」

「それ、真相は闇に葬れってこと?」

「そうよ。だって、何も聞かなければ傷つかないじゃない?」

「いやいやいや、やっぱモヤモヤするでしょ!?」


おれは伝票を持ち、バックヤードの手洗い場で鏡を見ながら、こうつぶやいた。

「……俺、なんかやらかしたっけ?」

全然思い当たらない。でも、不安だけが大きくなる。

そしていよいよ、店長が帰ってくる――!

“聞き込み調査”開始! そして誰も本当のことを言わなくなった


ついに店長、帰還。第一声が、まさかの……?

午後4時2分。
バックヤードの扉がガチャリと開き、店長がふらっと帰ってきた。

「う〜寒いな。エアコン効いてる?」

一言目、それかーーい!!

あかねさんがキラリと目を光らせる。
もはや狩猟モードである。

「店長っ、お疲れさまですぅ〜〜〜。あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけどぉ?」

「お、おぉ……? なに? なんかあった?」

レジカウンターにそっと広げられた1枚の伝票。
そこには赤ペンで書かれた、“←要注意”の文字。

「これ、店長が書きました?」

「……あ?」

店長は一瞬きょとんとした表情になり、伝票を見て眉をしかめた。

「んー……これ、オレじゃないな。字が違うわ。てか、何これ? 怖」

いや、あんたが一番怖がってどうするの。

「えっ、じゃあ店長じゃないんですね!?」
「でも、見覚えとかないですか?」
「この字、誰かに似てませんか!?」

あかねさん、さやかちゃん、そしてかなちゃんまでが一斉に詰め寄る。

まるでミステリー作品の犯人尋問シーン。
店長は軽く引きながら言った。

「ちょ、怖い怖い。なんでそんなCSI(科学捜査班)みたいなノリになってんの?」


“誰かのメモ”に、全員が疑心暗鬼

「で、これ誰が見つけたの?」

「イッチくんです。ランチの伝票チェックしてたら、たまたま見つけて……」

「いや、俺が書いたわけじゃないからね!?ほんとに」

「……書いた人が一番最初に“見つけた”って言うパターン、推理小説でよくあるよね」

かなちゃん、やめて。

「だってほら、“自分から見つけたアピール”してアリバイ確保するやつ!」

「ちょ、それほんとやめよ!? 正真正銘の冤罪だからね!?」


それにしても、誰も心当たりがない。

店長も「おれは書いてないし、書く意味もない」
新人さやかちゃんも「そんな余裕なかったし、書いた記憶もない」
あかねさんも「ペンは赤より青派」
かなちゃんも「字が汚いから、こんな綺麗に書けない」
イッチ(おれ)ももちろん書いてない。

じゃあ、誰だよ……。


“伝票の謎”、なぜかおれが自白しそうになる

店内は静まり返る。
全員が黙り込み、伝票を囲むという、なんとも不思議な光景。

そのとき、ふとおれは思った。

──もしかして、本当に俺が書いたんじゃ……?

「えっ、自分が書いたこと忘れてる系のオチ……? いやでも……俺、昼間ちゃんと紅茶出したし……でも、なんか“何か言った気がする”ような……?」

頭がぐるぐるし始めた。
不安と疑心暗鬼のループにハマると、人間って“無実の自白”しがち。

「も、もしかしたら、俺かも……?」

「うわ、出た!自白!?」

「え!?ほんと!?」

「待って待って、まだ分かんない!俺、断定してないから!」

あかねさんがため息まじりに首を振った。

「イッチくんって、ほんとに“自信なさすぎ症候群”だよね。逆に怖いよ」


伝票の裏に残された“もうひとつのヒント”

そのとき、さやかちゃんが「あっ」と声を上げた。

「これ……伝票の裏、見ました?」

裏? みんなが一斉にひっくり返す。

そこには、うっすらと書かれた別のメモがあった。

“マヨ抜き × 忘れない”

「……えっ? えっ!? どういうこと!?」

あかねさんが目を細めて読み上げる。

「“マヨ抜き、忘れない”……?」

「もしかして、この“←要注意”って、注文上の注意だったのでは……?」

店長がようやく事態の全体像を理解し始めたようだった。

「このお客さん、確か“マヨネーズ抜き”って言ってたわ。
イッチが伝票にその注意書きしてたんじゃないか?」

「……俺、そんな丁寧なことしたっけ……?」

「てかそれ、字が違うって言ってたじゃん!」

「そっか、オレじゃなかったわ。たぶん厨房のほうで、誰かが見やすいように書いたんかも」


全員が一瞬固まった。

あれだけ騒いでいた“←要注意”のメモ、まさかの単なる注文メモ

しかも、お客さんの健康上の希望をちゃんと守るための、
まっとうすぎる接客メモ

「……え、じゃあ何? 誰かが“気遣い”で書いただけ?」

「そっか……それで“要注意”って書いてたんだ……」

「……全員が犯人扱いされたあげく、最終的に“いい話”だったオチ!?」


そして、新たな“書き手疑惑”が浮上する

「でも、これ誰が書いたのかはまだ謎だよね」

さやかちゃんがぽつりと言った。

「字、よく見たら……あかねさんの字に似てません?」

「……あ」

みんなの視線が、あかねさんに集まる。

「えっ!?ちょ、うそでしょ!?いやいやいやいやいや!!」

「これ、“赤ペンで走り書き”って……まさにあかねさんのノリでは?」

「違うもん! たぶん違うもん!!」


まさかの“真犯人はおまえだ”ムーブに、あかねさん撃沈。

しかし、その場の空気はすでに和やかだった。

みんな、なんとなく分かっていた。

「なんか、誰かの“いい接客”のはずが、
 ここまで引っかき回すとは……伝票、罪深い……」

あかねさんが最後に言ったその一言が、妙に名言ぽかった。

“真犯人”は常連客!? 伝票ミステリー、第二章へ


筆跡鑑定タイム!?あかねさん、まさかの容疑者扱い

「この“←要注意”って文字、あかねさんの筆跡に似てるよね?」

さやかちゃんの何気ない一言で、場が一瞬静まりかえる。
視線が一斉にあかねさんへ向く。

「いやいやいや、私じゃないし!? ほんとに記憶ないもん!」

「“記憶にございません”は一番あやしいやつだよ」

「ちがっ……違いますっ!!」

言えば言うほど、泥沼にはまっていく感じがもう既視感しかない。

「てか、もし私が書いたとして、それを“自分で忘れてる”って……そんなおマヌケな話ある?」

「いや、あかねさんならあり得る」

「そこ認めるなーーっ!」


店長も腕を組んで真顔になってきた。

「うーん……でも、字が似てるのは確かなんだよな。あかねさんがよくメモ残してる厨房ノートと……」

「それ、“字が綺麗な人にありがち問題”じゃないですか!? 私の筆跡、そんなに独特!? え、地味にショック……」


そのとき、またさやかちゃんが「ちょっと待ってください」と言い出した。

「私、以前見た“ある人のメモ”に似てる気がするんです」

「“ある人”って誰……?」

「……常連さんの、“あのおじいさん”です」


浮上する“おじい”疑惑と、まさかの筆跡一致

その常連客は、午後にいつもホットコーヒーを飲みに来る
70代後半くらいの、品のある男性客。通称「おじい」。

「おじい、前に手紙みたいなメモを渡してきたことがあって……
“席はいつもの窓側でお願いします”って……」

「そういえばあったなぁ。しかも、めちゃくちゃ綺麗な字だったよね」

店長が、バックヤードのファイルを探しはじめた。

「あった。これだ」

差し出されたメモは、薄い便箋にサラサラと書かれた流れるような文字。

「……似てる」

あかねさんがぽつりとつぶやく。

「うわっ、ほんとだ。“要注意”の字と一緒のクセしてる!」

「特に“要”の“西”の部分、ほぼ同じ! これは……」

「まさか、外部犯人説!?」


スタッフ全員が顔を見合わせる。

「えっ……じゃあこの伝票、“おじい”が書いたってこと?」

「え、でも……おじいって厨房入れなくない?」

「伝票がレジ下に置かれてるときに、手を伸ばして……とか?」

「いやいや、そんなスパイ映画じゃないんだから……」

「それか、“自分の伝票に何か書いた”とか?」

「え? でも、この伝票の席は“おじい”のじゃないよね?」

「……それなんだよな」

再び、謎は深まる。


そして、“おじい”ご来店。真相は聞けるのか?

午後4時半。
その“おじい”が、いつものように店に入ってきた。

「こんにちは。いつものコーヒー、お願いできますか」

「い、いらっしゃいませぇぇえ!」

あかねさんの声が裏返ってる。

さやかちゃんが、ソワソワしながらコーヒーを淹れ、
イッチ(おれ)は、そっと伝票を持ってカウンター内に戻った。

「……おじい、これ見たことあります?」

そう言って、例の伝票を差し出すと、彼は眉をひそめた。

「ああ……この字、わしのじゃな。間違いない」

一同:「!!!!!!!!」

「え、ほんとに!?」

「なんで書いたんですか!? 誰のために!?」

おじいは落ち着いた様子で語りはじめた。

「いやな、たまたま隣のテーブルに座ってた若者が、
“マヨネーズ抜き”って言ってたんじゃ。
それで、厨房の人が見落とさないように、伝票に書いといた方がええと思ってな」

「……それだけ?」

「それだけじゃ」

一同:「えええええぇぇぇぇっっっ!!」


やさしさが混乱を呼ぶ。まさかの“正義の落書き”だった

「いや、そもそも“お客さんが伝票に注意書き書く”ってあります!?!?」

「すごい、親切通り越して介入!」

「てか、何気に筆圧強いし! メチャ目立つし!」

おじいはにこやかに笑っていた。

「ほら、若い人たちは忙しいからな。
ちょっとくらい助けになればと思ってな」

店長が笑いながら言った。

「でも、まさか“謎の犯人探し”まで発展したなんて、
おじいさんも思ってないでしょうね……」

「わしも、まさかの事態になってて驚いたよ(笑)」


全員、ドッと笑った。

あの“←要注意”は、
新人スタッフの見落としを心配した“第三者のやさしさ”だったのだ。


だけどやっぱり、モヤモヤは残る……?

その後、あかねさんがぽつりとつぶやいた。

「……でも、やっぱちょっとだけ怖いよね。
お客さんが厨房事情まで把握して、メモ書くって……」

「しかも伝票、スタッフしか触れない場所にあったんだよな……?」

「それな……一番の謎は、“どうやってそこに書き込まれたか”だよね……」

イッチ(おれ)は、再び伝票をじっと見つめる。

“←要注意!”

“その優しさ、ちょっと怖い。”

“書いた覚えがない”!? 伝票の真相、まさかの急展開へ


翌日、“おじい”再来店。そして衝撃の第一声

「……やっぱり、わし、書いてないかもしれん」

その日、おじいはいつも通りコーヒーを注文しにやってきた。
昨日の“落書き騒動”を謝ろうと思っていたイッチ(おれ)たちにとって、その言葉は青天の霹靂だった。

「……えっ?」

「昨日な、ああ言ったけど、帰ってから考えたんじゃ。
あんな赤ペン、持ってたことないし。
伝票の裏に何か書いた覚えも……全然ないんじゃ」

一同、絶句。

「あの、“←要注意!”って書いたの、やっぱり違うってことですか?」

「うむ……なんとなく“わしの字”に似とるとは思ったが、
あれほど強い筆圧で書いた覚えがない……」


まさかの“自白撤回”。

「え、じゃあ、昨日のあのやりとり、全部……」

「なかったことに!?!?」

あかねさんが膝から崩れ落ちる。

「昨日、あんなに“やさしさの塊”みたいな空気になってたのに!?
なんで今さら“書いた覚えない”とか言い出すの!?」

「てか、うち、幽霊出るんですか……?」

さやかちゃんが顔を青くして呟く。


再び始まる、“犯人探し”セカンドシーズン

店長がため息をついて言った。

「……これ、また一からやり直しやん」

「じゃあ結局、昨日の“落書き”は誰のものでもない?」

「いや、でもあの筆跡……おじいの便箋とほぼ一致だったんだよ?」

「筆跡は似てた。でも本人は否定……」


かなちゃんが真顔でぽつりと言った。

「……これ、二重筆跡じゃない?」

「なにそれ?」

「筆跡が“本人っぽい”のに、本人が書いた自覚がないやつ。
……つまり、自動筆記、霊的現象……!」

「えぇぇえええ!?!?」

さやかちゃんが露骨に一歩下がった。

「え、あの赤ペン、呪われてたとか……?」

「誰かが知らず知らずのうちに“何かに書かされた”……的な……」

店内の空気が一瞬ヒヤリとする。


怪談モード、突入。そして思い出された“もうひとつの違和感”

そのとき、イッチ(おれ)はふと昨日の違和感を思い出した。

「……そういえばさ、あの伝票、どの伝票束にあったか覚えてる?」

「え? ええっと……一番左端のやつ?」

「そう。で、あの伝票、なんか変だった」

「変?」

「伝票の紙質が、他のと違ったんだよ。
なんかちょっと、色が濃くて、ざらざらしてて……」

「……えっ、もしかして、それ……旧タイプの伝票じゃない?」

店長が急に顔を上げた。

「それ、前の業者の伝票だよ。2年前に仕入れて、そのまま使ってなかったやつ。
ちょうど在庫がなくなって、昨日補充したから混ざってる可能性あるけど……」

「でも、それってつまり?」

「昨日の午前中、“旧伝票を補充した人”が、
誤って1枚だけ入れてしまった……とか」

「じゃあ、その伝票だけ、以前のやつだった!?」

あかねさんがピンときた顔で言った。

「……じゃあ、あの“落書き”って、もっと前から書かれてたってこと!?」


封印されていた“過去の伝票”が、時を超えて混入!?

全員が凍りつく。

「それ……マジでホラーなんですけど」

「え、じゃあ“あの落書き”、何ヶ月も、もしくは何年も前のやつ……?」

「え、でも内容が“要注意”って……どの席?誰向け?なにを注意!?」

「……いよいよ分かんなくなってきた」


店長が、棚の奥から旧タイプの伝票束を持ってきた。

「これ、確かに紙質が違う……しかもこの赤ペン、
前にレジで使ってたやつと同じ色だ」

「じゃあ、その頃に書かれたってこと?」

「書いたのが“おじい”ではなく、もっと前のスタッフとか……?」

「え、もうそれって、“誰にも解けない謎”じゃん」

「いや、まだだ……」

イッチ(おれ)は、ひとつだけ引っかかっていた“共通点”に思い至った。


共通点。それは、“あのテーブル”だった

「……伝票の席番号、覚えてる?」

「……たしか、7番席?」

「そう。それって、“おじい”のいつもの席なんだよ」

「……!!」

「でも、おじいが書いた自覚がないとすれば──
“あの席に座る誰か”が、以前同じように“要注意”と書いた可能性がある」

「おじいじゃなくても、“あのテーブル”に座った人の中に、“書いた人”が……」


そこで、店長がもう一冊ノートを取り出した。

「これ、過去のお客様アンケート……数年前のも残ってる。
あの席でトラブルがあったとか、何か記録が……」

ページをめくる店長。

その中で、ひとつの記録に目が留まった。

「7番席。隣客の会話が不快だった。スタッフに注意してもらえず残念」
――匿名(記入日:2年前)

「……あ」

「これ、もしや……そのときに、“要注意”って書かれたんじゃ……」

「で、その伝票が、“たまたま紛れて”、
昨日、“全然関係ないお客さん”に使われた……?」

「……偶然が重なりすぎて、逆に怖っ」


“未解決事件”として処理される落書き伝票

結局、伝票の書き手は分からなかった。
書かれたタイミングも不明。内容の真意も闇の中。

だが、それが逆に、“すべての犯人を無罪にした”。

「……じゃあ、最初から誰も悪くなかったってこと?」

「うん。あの伝票だけが、過去からタイムスリップしてきた感じ」

「いや、タイムスリップするな。伝票が」


あかねさんが最後に言った。

「でもさ、私ちょっと思ったんだよね」

「何を?」

「“意味の分からない落書き1つで、こんなに盛り上がれる職場”って、
ちょっと平和で、悪くないなって」

「……確かに」

店長が笑いながら片付けを始めた。

「伝票は過去のものだったけど……
それをきっかけに、バイト先の会話が増えたなら、意味あったかもな」

伝票の裏に“謎の暗号”!? 解決したはずの事件が再燃する


あれから数日、そして──新たなる違和感の発見

「イッチくん、これ……見ました?」

さやかちゃんがそう言って差し出してきたのは、あの“伝説の伝票”だった。
例の「←要注意!」と赤字で書かれたアレだ。

「え、またそれ? 事件はもう終わったはずじゃ……」

「……裏側、見ました?」

「……え?」

ひっくり返すと、そこにはボールペンで走り書きされたような数字が──

“573”

「……ごななさん?」

「いや、読み方じゃなくて! これ、なんですか?」


まさかの“第2の謎”。

あかねさんも顔をのぞき込みながら言う。

「でもこれ、なんかのパスコードっぽくない?」

「それとも……社員番号?暗号?」

「もしくは、呪いの数字だったらどうする?」

「そっち行く!? もうオカルトは勘弁してぇぇ」


数字に反応したのは、まさかの“かなちゃん”

そのとき、新人のかなちゃんが、ぽそっと呟いた。

「……あれ、この数字……どこかで見た気がします」

一同:「えっ!?」

「前に、店長が……何かに書いてたような……」

「えっ、それ重要情報だよ!? どこで!? 何に!?」

「わかんないんですけど、なんかメモみたいな紙に……573って……」


あかねさんがすかさず言った。

「それ、レジの開錠番号とかじゃない?」

「いや、それは違う。今は番号違うし、私たち知らされてないし……」

「まさか、金庫の暗証番号……!?」

「そんな堂々と伝票に!? ゆるすぎるでしょ防犯!」

「てか、それ誰が書いたんですか!? おじいじゃなくて店長説?」

「まさかの店長“犯人”説、再浮上!?」


イッチ(おれ)は、なんとなくピンときた。

(……この数字、店長のクセのある“3”に似てる気がする)


店長、問い詰められる

「店長!!」

「ん? なになに、急にどうした?」

さやかちゃんが伝票を差し出す。

「この裏の“573”って、店長の字じゃないですか?」

「……え?」

「“3”のところ、ぐにゃっと曲がってて、店長のメモに似てるって話が……」

「いやぁ……え? 本当に?」

店長、しばし伝票とにらめっこ。
そしてぽつりと一言。

「……あ、これ……わたしだわ」

全員:「ええええええっっっ!?」


真相は、“ただのメモ”だった

「いや、あのときさ、近くで修理業者と電話してて……
プリンターの型番、メモっとこうと思って、たまたま手元にあった伝票の裏に……」

「型番!? 型番だったの!?」

「そう。“573シリーズ”って型だった気がして……」

「それを伝票の裏に書いた!?」

「いや、他に紙がなかったんだよ〜〜!!」


あかねさんが天を仰ぐ。

「……平和かっ!」

「ってか、その伝票、2年前の在庫の中から、最近混ざって出てきたやつですよね?」

「そうそう。それで普通に伝票束に混ぜちゃって……」

「で、わたしたちがそれを見つけて、“ホラーだ!”とか言って騒いでたわけだ」

「ほんと、平和すぎるでしょこの店」

「でもさ、結局、すべての“謎”は解けたってことだよね?」


伝票事件、ついに完結。そして……定例化する?

その後、店長は「伝票はメモ帳じゃない!」という貼り紙を厨房に張り出した。

あの騒動から、“伝票の落書きチェック”が一種の儀式のようになり、
スタッフ間では“ミステリーごっこ”が日常に。

「ねぇ、今日の伝票にも“要注意”って書いてあったらどうする?」

「それ、もう呪いってより、伝統芸」

「てか、次は“ミッション:573を探せ”ってイベントでもやります?」

「やめとけ、混乱を招く!」


伝票の小さな落書きひとつで、ここまで盛り上がれるとは。
なんだかんだ言って、このバイト先のメンバーが、
自分にはちょうどいい居場所なんじゃないか──

イッチ(おれ)は、少しだけあたたかい気持ちになっていた。


事件のあと、ひっそり残された一枚の紙──

その日の閉店後。

あかねさんがレジの下から、なにやら落ちていた紙を拾った。

「え……また伝票……?」

そこには、こう書かれていた。

“次は、あなたの番です。”

「……うそでしょ」

叫び声と共に、またバイト先に笑いがこだました。

“落書き伝票”が教えてくれた、なんでもない毎日の尊さ


事件は終わった、けれど──それは“笑い話”になった

「なーんかさ、最近“伝票チェック”がルーティンになってない?」

あかねさんがそう言いながら、今日の伝票束をめくっている。
さやかちゃんも笑いながら頷いた。

「え、だって、なんかまた“何か書いてあるかも”ってワクワクしません?」

「いや、完全にトラウマ化してんじゃん」

「違いますって! 伝票サスペンス症候群ですよ」

「勝手に命名すな」


かつて大騒動を巻き起こした“←要注意!”の赤文字も、
店長の「型番メモ」が謎の暗号と化したあの事件も、
いまではスタッフの間で“都市伝説”のように語られている。

「私さ、正直あの時“また面倒なことが起きた……”って思ってたんだけど」

あかねさんがふと真面目な表情になる。

「でも、今振り返ると、
あの騒動があったから、バイトの空気がちょっと変わった気がするんだよね」


“謎解き”がくれた、ささやかな絆

それまで、お互いの仕事ぶりには関心があっても、
深く話すことは少なかった。
休憩時間も、それぞれスマホを見て静かに過ごすことが多かった。

けれど、“伝票落書き事件”以降、
ちょっとした会話が自然と増えた。
「今日のお客さん、ちょっと面白かったね」とか、
「このメニューの盛り付け、写真よりおしゃれじゃない?」とか。

以前よりも、笑い声が厨房からよく聞こえるようになった。

かなちゃんも、緊張しながらも時折ジョークを飛ばすようになったし、
さやかちゃんは、「実は占い好きなんです」と言って
“伝票に宿る謎の運命”とか言い出すようになった。


イッチ(おれ)も、思わずニヤける。

“ただのメモ”がここまで引っ張ったのは、きっと“仲間がいたから”だ。
もし一人でこの謎を抱えていたら、
気味が悪いだけで、すぐに忘れたかもしれない。

けれど、みんなが「えっ?なにそれ!」と興味を持って、
「この字、誰の?」とか、「オカルトでしょ!」とか言いながら
冗談交じりに巻き込んでくれたことで、
それが“日常のスパイス”になった。


バイトは“仕事”で、“舞台”でもある

あの日、いつも通りの午後に、ほんの少しの異変が混ざっただけで、
僕たちの“日常”はこんなにも面白くなった。

“バイト先”というのは、本来は単なる仕事場だ。
時給が出て、時間を切り売りして、
ときに理不尽なクレームを受けたり、皿洗いで手がふやけたり、
そんな、どこにでもある“作業場”。

だけど、そこに物語が生まれる瞬間がある。
誰かの勘違い。誰かのリアクション。
ほんの小さな“ズレ”や“偶然”が、笑いを呼ぶ。

「舞台」なんだよな──
ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。


“何者かになる”より、“ここで何かを感じる”ことの価値

「イッチくんさ、昔はこういうのに参加するタイプじゃなかったでしょ?」

あかねさんが唐突に言ってきた。

「え?」

「なんか、冷静で、表に出ない感じというか。
一歩引いて、全体を見てるっていうか」

「……まぁ、そうですね。バイトって“効率”が全てだと思ってたから」

「でも今、めっちゃ巻き込まれてるよね?(笑)」

「否定できないです……」


昔の自分なら、“伝票の落書き”なんて笑えなかったかもしれない。
「非効率だ」とか「くだらない」とか思って、
静かに処理して終わりだった。

でも今は、それを笑い話にできる仲間がいて、
その輪の中にいる自分を、悪くないと思ってる。

それだけで、充分なんじゃないかって、思える。


未来は未定、でも“今”がちょっと楽しいなら、それでいい

「このバイト、いつまで続ける?」

かなちゃんが不意に聞いてきた。

「え、なんで?」

「いや、なんとなく。“イッチくんが辞める日”とか想像つかなくて」

「そっちこそ。すぐ辞めそうだったのに、意外と続いてるよね」

「ふふ、まぁ、なんだかんだ楽しくて」

「それが一番っすね」


未来のことはわからない。
就職が決まれば、辞める日も来るかもしれない。
店が閉店する日が来るかもしれない。
メンバーが卒業して、新しい人が入って、
いずれ今のメンツはいなくなるかもしれない。

でも、今ここにあるこの雰囲気、この空気は、
たしかに自分の中に刻まれている。

“伝票に残された落書き”が教えてくれたのは、
そういう“今”を楽しむことだったのかもしれない。


最後のオチは、いつだって“予想外”でいい

閉店間際、また伝票の束を整理していたら、
さやかちゃんが小声で言った。

「ねえ……今日の伝票、“なにか”書いてあります」

「え?」

「……“正解は、明日わかる”って書いてあるんですけど」

一同:「……はぁ!?」

店長が顔を出す。

「ごめん、それ俺の書きかけのメモ」

「オチがゆるい!!!」

でも、そんなオチがいい。

これが僕たちの日常。
大事件なんていらない。
“なんでもない”が、ちょっとだけ特別になる。

それが、ここでの物語だ。

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この記事を書いた人

元Webプログラマー。現在は作家として活動しています。
らくがき倶楽部では「らくがきネキ」として企画・構成、ライターとして執筆活動、ディレクション業務を担当しています。

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