恋バナのはずがいつの間にか占い勧誘されてた日の話

目次

“恋バナしよ”って言われて、ついていったあの日のこと

「ねえ、イッチって恋バナとかするタイプ?」

そう聞かれたのは、大学2年の春。
キャンパスのカフェテリアで、サークルの先輩・ユウカさんに声をかけられたときだった。

ユウカさんはサークルの中でもちょっと目立つ存在で、
いつも綺麗にアイラインを引いていて、香水の香りがふんわり漂うような、いかにも“大人っぽい女子”。

年上の人と話すのはちょっと緊張するし、何よりユウカさんみたいな華やかな人に話しかけられると、
つい反射的に「はいっ、します!」って元気よく答えてしまう癖がある。

「そっか〜、じゃあ、今日時間ある?」

「え、はい、大丈夫です」

「よかった〜。恋バナ、ちょっと付き合ってよ。カフェ行こ」

そんなわけで、授業終わりに誘われるがままついていったのが、あの“事件”のはじまりだった。


ちょっとおしゃれなカフェ、ちょっと怪しいムード

向かったのは、駅から徒歩10分くらいの場所にあるカフェ。
SNSで見かけたことがあるような、木のぬくもりがある内装と、天井からぶら下がるエジソンランプ、そして棚に並んだ小さな観葉植物。

「ここ、穴場なんだよね。友達に教えてもらってさ」

ユウカさんは慣れた感じでソファ席に座り、私はその向かいに座った。

メニューにはスムージーやハーブティーの文字が並び、少し高めの価格設定。
でも、恋バナをする場としては完璧な雰囲気だった。

「イッチって、今気になる人とかいる?」

「えっ……うーん、そういう人っていうか、ちょっと気になってる人はいるかもです」

「え〜どんな人!?年上?年下?」

「同い年……です。バイト先の人で、ちょっとだけ優しくされて、それで、なんか……」

「なるほど〜。あ〜、その感じ、懐かしい〜!」

ユウカさんはにっこり笑いながら、ストローでスムージーをくるくる回していた。


話がだんだん、“ちょっとズレて”いく

最初は本当に恋バナだった。
お互いの恋愛遍歴とか、元カレの話とか。

ユウカさんは、前の彼氏の話をしながら「なんかね、うまくいかなくてさ」って苦笑していて、私は相槌を打ちながら、自分もそういう時期がくるのかな、とか思っていた。

でも、途中から話の方向性がちょっとだけ変わってきた。

「イッチって、占いとか信じる?」

「占いですか? ……面白いとは思いますけど、信じるっていうほどでは……」

「うんうん、でもさ、タイミングってすごく大事だと思うの。
恋愛も、勉強も、出会いも。全部、“流れ”ってあるんだよ」

「流れ……?」

「そう、“流れ”。でね、実は私も昔、めちゃくちゃ恋愛で悩んでた時に、
ある人に“運命の流れ”を見てもらって、それがすっごく当たってたの」

「へえ……」

ここらへんから、私は内心でほんの少し“ん?”と思いはじめていた。


“不思議な力”と“導いてくれた人”の話

ユウカさんは続けた。

「その人、占い師っていうより“アドバイザー”って感じなんだけど、
“自分の本質”とか“エネルギーの流れ”とか、そういうのを見てくれて。
しかも、超現実的なアドバイスしてくれるの」

「……エネルギーの流れ、ですか」

「うん、イッチみたいに“素直なエネルギー”持ってる人は特に、
早く気づいたほうがいいって言ってたよ。“遅れるほど流れに乗れない”んだって」

「へ、へえ……」

なんとなく、「これって恋バナじゃなかったのでは……」という疑念が頭をよぎりはじめていた。


あれ……この流れ、どこかで見たことあるぞ?

「イッチって、誰かに“相談してスッキリした”って思えたこと、ある?」

「うーん、まあ友達に話してスッキリしたことはありますけど……」

「でもさ、“本当に変わった”って実感したことってある?」

「えっと、それは……うーん、あまりないかもしれないです」

「でしょ? だからね、一度でいいから、その人に見てもらってほしいの」

ユウカさんがカバンから取り出した、名刺サイズのカード。
そこには、光の粒をまとったようなロゴと、“ライフサポート・コーディネーター”という肩書き。

うわー、なんかキタぞこれ感がすごい。

「名前、ユキトさんって言うんだけど、ほんとにすごい人なの。
最初は“ただのスピリチュアル系か〜”って思ったけど、全然違った」

「へえ……」

「よかったら、今度一緒に行ってみない? 初回、紹介だと無料なんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、
私の中でスッと“警戒ランプ”が灯った。


それでも、断れなかった“空気”

ここまで連れてきてもらって、スムージーまでごちそうになって、
なんか急に断ったら“感じ悪い子”になるんじゃ……っていう謎の気遣いスイッチが入ってしまう。

「……ちょっと考えてみます」

そう答えるのが精一杯だった。

ユウカさんはそれ以上強くは言わず、名刺だけ渡して「いつでも連絡してね」と笑った。

でもその笑顔が、最初に見た“恋バナしよ”の笑顔とは、
なんだかまったく違って見えた。

占いの名刺を前に、LINE画面とにらめっこ


あの日、ユウカさんに渡された名刺は、家に帰っても私のバッグの中で静かに存在感を放っていた。

「ライフサポート・コーディネーター ユキト」

なんて、字面からしてすごそうだし、名刺の端にちょこっと入った金色の箔押しが、なんとも“効きそう感”を演出していた。

だけどそれと同時に、「いやいや待てよ私。これ、どう考えても恋バナじゃなかったよね?」という、冷静なツッコミが心の中でこだまする。


“誘導された感”がすごすぎる件

家に帰って、部屋着に着替えて、湯沸かしポットに手をかけたところで、
ようやくあの“会話の流れ”を思い返す余裕ができた。

最初は恋バナだった。間違いなく。
でも途中から“恋愛の悩み”→“エネルギーの流れ”→“運命の道筋”→“紹介したい人がいる”という、
もはやテンプレートなのでは?というほど鮮やかな誘導展開。

「……やっぱアレ、営業だったんじゃん」

声に出すと、少しだけ気が晴れた気がした。

だけど、“営業だった”とわかっていても、なんかモヤッとするのは、
あの時間が完全な嘘ではなかったようにも感じてしまうからかもしれない。

ユウカさんの話す恋愛の失敗談には、ちょっとだけ共感できた。
「わかります〜」って言いながら笑ったあの瞬間は、たしかに本心だった。

でもその本心が、“次の展開のための布石”だったとしたら、
なんか、自分の感情が商品にされたような気分で……ちょっとだけ、やるせなかった。


LINEの通知が怖い午後

翌日、授業終わりにスマホを見たら、ユウカさんからLINEが届いていた。


ユキトさん、明後日16時なら空いてるって😊
初回は無料だし、気軽に聞くだけでいいから〜✨
一緒に行こっか!


「うぅ……来た……」

返信を打とうとして、何度もスマホを置く。
“断る”って言えばいいだけなのに、それができない自分がいた。

私の中の「断るのが苦手な性格」と「変なところで気を使う癖」が、
この時ほど邪魔だと思ったことはなかった。

しかも、“一度だけ”ならまあ……という気持ちが心の隙間に入り込んできてしまって、
“体験だけ”ってやつなら……という甘えに負けそうになる。

「ちょっと話聞くだけだし」「無料って言ってたし」「変なことされたら帰ればいいし」

そんなふうに、逃げ道を自分でたくさん用意して、
それで「行く」方向に気持ちを傾けようとしている自分がいた。


友達に打ち明けたら、予想外の反応が返ってきた

その夜、私はこのことを唯一の理解者・マナにLINEで相談した。

マナは高校時代からの親友で、今も別の大学に通いながらも、何かあるとすぐLINE通話する仲。

「え、ユウカってあの先輩?えっっ、それ完全にアレじゃん!!」
「それなに、マルチ?ネットワーク?スピ寄りの勧誘?」
「てかさ、今どきまだそんなのあるんだ(笑)」

マナの反応はめちゃくちゃ早くて、そして容赦がなかった。

「やっぱ変だよね?なんか、“ライフサポート”とか言ってたし」

「それ絶対なんか買わせる系のやつでしょ〜。“パワーストーン5万円です”みたいな」

「でも、断れなくて……」

「イッチ、相手が“先輩”ってだけで遠慮しすぎ。
それって上下関係とかじゃなくて、“自分守る”ための判断していいとこだよ」

「……たしかに」

「一緒に行くって言わなかっただけ偉いよ。私なら“おごられた時点で即ダッシュ”してるわ(笑)」

マナの言葉に、ちょっとだけ心が軽くなった。


“推しがそんなことされたら”作戦で乗り切る

「でもさ、なんでイッチがそこまでモヤモヤしてんのか、ちょっとわかる気する」

「え、なに?」

「その先輩、イッチが恋バナ好きなのとか、素直に話しちゃうのとか、
いい感じに“距離近い女の先輩感”で、安心感出してきたんでしょ?」

「……たしかに、話しやすい感じだった」

「だからこそズルいよね。信頼しようとしてたところに、急に“別の顔”出してくるのってさ」

「うん……」

「でも、イッチが悩んでるってことは、まだ変な契約とかしてないってことだし。
今のうちに、冷静にNOって言っとくべきだと思う」

「……うん。ありがとうマナ」

「ちなみに私なら、“推しがこんなことに巻き込まれたら絶対イヤ!”って想像する。
それで“自分も守ろ”って思える(笑)」

「……それ、名言(笑)」

私はスマホを置いて、深呼吸した。
ユウカさんからのLINEは既読スルーになっていたけど、返信しなきゃいけない。
このまま放置したら、自分の中のモヤモヤが解消されないままだ。

「……よし」


返信ボタンを押すまでの戦い

指先が震える。
文章を打っては消して、打っては消して。

そしてようやく送ったのが、これだった。


ユウカさん、昨日はありがとうございました!
とても楽しかったです☺️
でも、占いの件はちょっと考えさせてください。
自分なりにもう少し気持ちを整理してみたいので🙏


送信。

どきどきどきどき。

1分後、既読。
……5分後、返信。


わかったよ〜😊無理にとは言わないからね!
でも、いつでも相談乗るから遠慮なくね♪


あっさりした返信だった。

それが逆に怖いというか、
“あれ、意外とあっさり?”みたいな肩透かし感があった。

でも、それと同時に、やっとひとつ、自分の中で“線を引けた”気がした。


“好き”の気持ちは利用されたくない

家にあった名刺は、そのまま封筒に入れて、本棚の奥にしまった。

“恋バナ”って、誰かと距離を縮める魔法みたいな言葉だと思ってた。
でも、それを利用されることもあるんだと、今回初めて知った。

恋の話をしたいのは、本気で誰かに気持ちを聞いてほしいからで、
“信じさせて、連れていくための道具”じゃない。

そう思ったら、ちょっとだけ、昨日の自分が愛おしく思えた。

再会、そして“あの人”は別の顔をしていた


それから数日が経った。

ユウカさんとのLINEのやりとり以降、私はそのまま“何事もなかったように”過ごしていた。
大学の講義に出て、友達とランチして、夜はバイトに行って、少しずつ日常に戻っていく自分。

名刺は本棚の奥で静かに眠ったまま、特に追いLINEもこなかった。
「意外とドライだったなあ」と、少し拍子抜けした部分もあったけど、心のどこかではほっとしていた。

そんなある日。

バイトのシフト終わり、駅前のスタバでノートを開いてレポートをまとめていたら――
突然、視界の端に見覚えのあるシルエットが映った。

「あれ……?」

振り向くと、そこにいたのは、ユウカさんだった。


なんで今ここに!?と思ったけど……

目が合った瞬間、ユウカさんがぱっと笑顔になって、手を振ってきた。

「え〜〜!偶然〜〜!」

「ユウカさん……!お久しぶりです!」

正直なところ、「うわっ」と思った。
でも、顔に出すわけにもいかない。にっこり笑って、私も手を振り返す。

「何してるの〜?こんなとこで」

「レポート……溜めすぎて、カフェこもってやってました」

「そっかそっか、えらいじゃん〜!」

そう言いながら、ユウカさんは私のテーブルの隣にある空席にすっと座った。
そして、注文したばかりと思われる抹茶ティーラテをストローでかき混ぜながら、にこにこ。

「それよりさ、あのときの話。ちゃんと考えてくれた?」

来た……!

心の中の警報が鳴る。

「えっと……ちょっと考えて、やっぱり今回は遠慮しようかなって」

そう答えると、ユウカさんは一瞬「ふ〜ん」とだけ言って、またストローをくるくると回した。


“でもね”から始まる、違和感の再来

「イッチちゃん、素直だから……ほんと、こういう世界に向いてると思うんだけどな」

「え?」

「ほら、最初は“見るだけ”って思ってても、自分がハマっていくタイプってあるじゃん?」

「……は、はあ」

「私もさ、昔はめっちゃ警戒してたの。“占いとか、ちょっとな〜”って思ってた。
でも、実際に見てもらったら、“こんなにも自分のことわかってくれる人いるんだ”って感動してさ」

また、その流れか……。

「ユキトさんのところ、今ちょうど予約取りづらくなっててさ〜。
でも、紹介枠ならまだいけるから。ほんと、1回だけでも」

「……ユウカさん」

私は、少しだけ声を強くして言った。

「やっぱり、私はやめときます。ちょっと怖いっていうか、そういうの向いてないので……」

すると、ユウカさんは、明らかに“笑顔の仮面”をゆっくりと外していった。


“ああ、これが本音なんだ”という顔

「そっか……。まあ、無理にとは言わないけどさ」

そこまで言って、彼女はふと目線を外した。

そして小さな声で――けれど確かに聞こえる声で――こう言った。

「せっかく、紹介しようと思ったのに。もったいないよね、いろいろ」

……え?

その言葉は、“残念”でも“気にしないで”でもなかった。
なんというか、“責め”のニュアンスがほんのり混ざった、“見下し”にも似た語調だった。

私の胸の奥に、すーっと冷たい風が通り抜けた気がした。


「本当に助けたいと思ってたんだよ」

「……でも、わたし、本当にイッチちゃんのこと“放っておけない”って思ったの」

「……?」

「エネルギーがね、迷ってる人って、すごく伝わるの。“このままいったら、後悔するんじゃないかな”って」

「ユウカさん、それは……ちょっと言いすぎじゃ……」

「違うよ。これは本当に、助けたくて言ってるの。
“流れ”を逃すと、取り戻せないものってあるの。だから……」

その瞬間、私は完全に引いてしまっていた。

“恋バナしよ”の時の、あのキラキラした笑顔はどこにもなかった。


自分の言葉で、自分を守るということ

私は、手帳を閉じて、カバンにしまった。
そして、はっきりと言った。

「ユウカさん。ごめんなさい。でも私は……そういう話、もう聞きたくないです」

ユウカさんは、少しだけ目を見開いたあと、静かに「そう……」とだけ言って、席を立った。

「じゃあ、またね」

そう言ってスタバを後にするその背中は、どこか寂しそうで、でもどこか、“もう他に行く相手がいる”ような余裕すら見せていた。

私はただ、それを見送った。


残ったのは、“恋バナ”への苦笑いと、ちょっとの感謝

それからしばらく、私は“恋バナ”って言葉に妙な引っかかりを感じるようになった。

でも、マナとの通話や、大学の友達と他愛のない話をする中で、
少しずつその“引っかかり”も薄れていった。

ある日、マナが言ってくれた。

「“恋バナ”って、ほんとは武器じゃなくて、癒しだからね」

ほんと、そうだと思った。

誰かと“好きな人の話”をすることは、誰かと心を共有する行為であって、
何かに巻き込むための“手段”なんかにしちゃいけない。

そうやって、改めて感じた。

“あの人”の正体と、見つけたページの衝撃


日常が戻りかけていたある日のことだった。

スマホ片手にゴロゴロしていたら、大学のサークルLINEで急に一つのリンクが共有された。


「みんな見てwww なんか怪しいビジネスのページにこの人出てたんだけど😂」


なんとなくタップして開いてみたら、画面の中には見覚えのある笑顔。

「……えっ」

画面の中央にいたのは、ユウカさんだった。

プロフィール写真にしっかり写った、あの“営業スマイル”。
“ライフサポート・アドバイザー”と名乗る彼女は、“悩める若者の人生に光を”と謳っていた。


“恋バナ”は商品のパッケージだったのか

ページをスクロールすると、“実際に救われた人たちの声”として、
大学生風の若者たちの顔写真とともに、感動的な体験談が並んでいた。

「就活で落ち込み、自信をなくしていた時に、ユウカさんに出会って……」
「彼女の紹介してくれた“エネルギーワーク”で、生き方が変わった」
「今では、私も仲間をサポートする側に」

……あれ、これ“サポートする側”って、もしかして“勧誘する側”のこと?

私はページを閉じてから、しばらくスマホを見つめていた。

あの日の「恋バナしよう」のやわらかい声。
あの表情も、うなずき方も、共感してくれた空気も、すべて“自然”に見えた。

だけど――それが、完全に“仕組まれたもの”だったのだとしたら。

「私って……すごく、いいカモだったんだな」

そう思ったら、ちょっと泣きたくなった。


「それ、私も見た」とマナからの通話

数分後、マナからのLINE通話が鳴った。

「ねえ見た?あのページ」

「うん……見ちゃった」

「いや〜、逆に尊敬するレベルで徹底してるね(笑)」

「なんか……最初からそのつもりだったって思うと、虚しい」

「うん。でもさ、そうやって気づけたイッチは、マジでエラいって」

「えらい……かな」

「むしろ、そこで“信じちゃってハマってく”パターン多いんだって。
私のバイト先の先輩も、それっぽい人に何十万も払っちゃったって言ってたし」

「……えぇ……」

「しかも、そのページさ、“特別紹介枠”とか、“エネルギーが合う人だけ案内可能”とか書いてるの、めっちゃヤバい」

「全部、最初に言われたことと同じだった」


もう一度ちゃんと“線を引く”

その夜、私は再び本棚の奥から、あの名刺を取り出した。
触れるだけで、あの日の空気感がよみがえる。

だけど、今度は違う。

ちゃんと、線を引ける自分がいた。

私は名刺を封筒ごと破って、小さく丸めて、ごみ箱へ入れた。
そして、スマホを開いて、ユウカさんのLINEをブロックした。

最後まで、謝るでもなく、説得されるでもなく、
“もう一度勧誘される可能性”を消すという、自分なりの終わり方。

「“恋バナ”の仮面の下に、まさか“営業スキル”が隠れてるなんてね……」

ちょっと笑えて、でもちょっと切なかった。


でも、最後に伝えておきたかったこと

……それでも、本音を言えば、どこかで“ちゃんと伝えたかった”気持ちもあった。

「話すの楽しかったのは、本当でした」
「誰かに恋バナするのって、やっぱり楽しくて、少し照れくさくて」
「共感されたと感じた瞬間は、嬉しかったです」

その感情さえも“シナリオのうち”だったと思うと悔しいけれど、
それでもあの時間を“全部嘘”にはしたくなかった。

マナが言っていた。

「感情って、使われたって思ったら、価値を失うわけじゃないよ。
ちゃんと自分が感じたなら、それはそのまま大事にしていいんだよ」

私は、マナの言葉を信じることにした。


数か月後、“恋バナ”は再び笑いに変わる

時間が経つと、傷ついたことも、じわじわと笑い話になるのが人生の面白さ。

「いやさ〜、“占いに行かない?”って言われて、“プロポーズかと思った私、平和すぎん?”」

そんな風に話す私に、マナがゲラゲラ笑って、

「イッチ、ほんと勘違い体質(笑)次はちゃんと恋してよ〜!」

なんてからかう。

「いや、それはそっちもだろ(笑)」

もう“恋バナ”という言葉にビクビクしなくなった自分が、ちょっとだけ誇らしかった。

わたしにとって“恋バナ”は、誰かと笑いあうもの


それから季節はひとつ巡った。

あの日、ユウカさんに再会して、まるで感情のジェットコースターを味わったみたいだったけど、
不思議と“嫌な記憶”というよりは“笑えるネタ”として、記憶の棚にしまわれていた。

多分、マナがあのとき、ひたすら笑ってくれたからだと思う。

「恋バナから占い勧誘にスライドするやつ、都市伝説かと思ってたけど、ほんとにあるんだね」
「イッチ、漫画の主人公すぎる(笑)」

マナの中で私はもはや“恋バナ詐欺被害者”という新しいポジションを獲得していた。


それでも“人を信じること”をやめたくなかった

ただひとつ、自分の中で大切にしたいと決めたのは、

“疑うこと”より、“気づくこと”のほうが強い、ということだった。

あの日の私は、恋バナをしたくて、誰かと心を通わせたくて、
その気持ちを信じた。

でも、それが裏切られたというよりも、
“その気持ちを利用しようとする人がいた”だけで。

だからといって、「もう誰も信じない」なんて、私は言いたくなかった。


小さな恋バナが、ちゃんと恋になるまで

大学3年生の春。

今、わたしにはちょっと気になっている人がいる。
サークルのOBで、LINEのやりとりも始まって、まだ恋とは言えないけど、でもちょっと“ドキドキ”してる相手。

「こないだ、〇〇くんから返信あってさ〜」
そんなことをマナに話すたび、「おお!ついに来たか〜!」とノリノリで聞いてくれる。

誰かに“恋バナ”を話すのが、こんなにも楽しいことだったんだって、改めて思い出した。

その気持ちは、やっぱり偽物じゃない。


“話す”ことは、誰かと分かち合うこと

思えば、ユウカさんとの“最初のトーク”も、悪意があったわけじゃないと思う。

彼女なりの善意や信念が、もしかしたらそこにはあったのかもしれない。

だけど、その手段として“恋バナ”を利用したこと。
それが、どこか私の“大事な感情”を傷つけたのかもしれない。

恋バナって、人との距離を縮めたり、気持ちを整理したり、自分を見つめ直す手段になったりする。

だからこそ、“売り物”にしてほしくなかった。


「恋バナって、誰かを売るものじゃない」

ある日、カフェで女子3人で恋バナしてたときに、ふと私がそう口にしたら、みんな一瞬きょとんとして――

「……いや、誰も売らんし(笑)」

「重っ!なんで急に哲学みたいになってるの(笑)」

と、爆笑された。

でもそれでよかった。

冗談にできるくらいには、私はもうこの経験を笑えるようになっていた。


書いて、笑って、忘れずに

私は、あの日の出来事を、日記に残しておいた。

自分だけが読むものだから、ありのまま、少し恥ずかしい気持ちも含めて。

「こういうことも、あったなあ」
数年後、たぶん読み返して、また笑える日が来ると思う。

きっとそれが、“経験を大事にする”ってことなんだと思う。


エピローグ:その後のマナとわたし

マナはというと、最近は「自分磨きに目覚めた!」とやたらヘルシーな生活をしている。

「イッチも筋トレしな? 恋愛は体力勝負よ」

どこでそんなポジティブさ拾ってきたんだろう。

でも、彼女のおかげで私は救われた。

あのとき、私が傷ついていたことにすぐ気づいてくれて、
“これは詐欺だ!”と一緒に笑ってくれて、そして“信じる力”を肯定してくれた。

本当の恋バナは、たぶんこういう関係の中で芽生えてくるんだと思う。


最後に、“あの日の自分”へ

あのとき、変に疑って黙り込まずに、ちゃんと断ってえらかったね。
自分の気持ちを守って、ちゃんと逃げ出せて、本当によかった。

“恋バナしよ”という言葉が、今ではちゃんと、ただのワクワクした時間の合図に戻ってきている。

これからも、たくさん恋して、たくさん話そう。

そしてまた、笑いながら「いやあの時の私、マジで騙されかけたからね〜」って話せるように、
日々を、楽しく、正直に、生きていきたい。

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この記事を書いた人

元Webプログラマー。現在は作家として活動しています。
らくがき倶楽部では「らくがきネキ」として企画・構成、ライターとして執筆活動、ディレクション業務を担当しています。

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